Fujiidera Sightseeing Club
藤井寺市観光ボランティアの会・・・美陵ガイドクラブ・・・


修羅の里めぐり コース


(近鉄藤井寺駅)

葛 井 寺

シュラホール

市立図書館

伴林神社

国府遺跡


允恭天皇陵古墳


仲姫皇后陵古墳

三ツ塚古墳

道 明 寺

道明寺天満宮


(近鉄道明寺駅)


行程 約8.0㌔


葛井寺 葛井寺 (2).JPG 7世紀中頃、百済王の系譜を引く辰孫王を祖先とする白猪氏(後の葛井氏)の氏寺として建立。真言宗御室派で西国三十三ヶ所の第5番札所。本尊は乾漆造りの国宝「千手千眼十一面観音坐像」で、毎月18日に拝観できます。豊臣秀頼寄進の四脚門は重要文化財に指定されています。
 
シュラホール シュラホール.JPG 7平成6年、船形埴輪と修羅を外観モチーフとして建築された藤井寺市の生涯学習センター。重要文化財「水鳥埴輪」や「円筒棺墓」を始め、縄文時代から奈良時代に至る貴重な出土品が展示されています。また中国から藤井寺市に寄贈された遣唐留学生「井真成」の墓誌のレプリカも展示されています。
 市立図書館 シュラ人形.JPG 昭和53年、三ッ塚古墳の濠底部より発掘された修羅のうち小修羅(重要文化財指定)を展示しています。(大修羅は近つ飛鳥博物館に展示。)また、古墳時代における人々の生活、埴輪つくりや修羅引きなどのジオラマや修羅発掘当時の写真などが展示されています。
伴林神社 047.JPG 平安時代の「延喜式」にも記載されている古い神社で、古代豪族の大伴氏やその一族林氏の祖先神「道臣命」を祭神とする神社です。軍事を司った大伴氏の祖神を祀る唯一の神社で、「西の靖国神社」と称された時もありました。鑑真和上を日本にお連れしてきた大伴古麻呂は同じ一族です。
 
 国府遺跡 h-5国府遺跡.JPG 旧石器時代から中世に至るまでの複合集落遺跡です。縄文時代から弥生時代の人骨が90体検出され、市章にもなっているけつ状耳飾りも出土しています。また、飛鳥時代には衣縫廃寺が創建され、塔心礎が今でも残っています。地名からこの付近は河内の国府が設置されていたと考えられています。
 
 允恭天皇陵古墳 允業古墳.JPG 国府台地の北端に立地し、5世紀後半に築造された三段築成の古墳で、墳丘長230mの前方後円墳です。整美な外観は古墳時代中期の代表的な墳形といわれています。江戸時代までは「市野山」と呼ばれ、綿作が行われていました。後円部の外周は旧長尾街道(大津みち)です。
 
 仲姫皇后陵古墳  仲津古墳.JPG 4世紀後半~5世紀初めの築造とされ、墳丘長290mの大型前方後円墳です。古市古墳群では応神天皇陵古墳に次ぐ大きさを誇ります。周濠は、幅が狭く深い空堀です。応神天皇の后、仲姫の陵とされていますが、古墳の形態などから応神天皇よりも古い4世紀後半頃の大王陵だとする説もあります。
 
三ツ塚古墳 助太山.JPG 仲姫皇后陵古墳の南側にあり、東西に並んだ三基の方墳の総称です。東から八島塚、中山塚、助太山古墳といい、三基は周濠を共有して、南辺を揃える特異な景観をしています。八島塚と中山塚の間の濠底部から大小の修羅が見つかり大きな話題になりました。(写真は、西側の助太山古墳)
 
 道明寺 道明寺.JPG  聖徳太子が尼寺を発願され、7世紀中葉に土師氏の氏寺として建立された土師寺が起源。当初は天満宮の南側参道付近に位置していましたが石川の洪水で天満宮の境内に移り、さらに明治の神仏分離令によって現在地に移りました。本尊は国宝「十一面観音立像」で、毎月18日と25日に拝観できます。
道明寺天満宮 天満宮.JPG

土師氏の氏神として創建され、のちに一族の子孫である菅原道真公の没後、道真公を主神とした天満宮に改められました。宝物館は国宝の「伝菅公遺品」を始め、多くの文化財が所蔵されています。また、梅の名所としても名高く、毎年2月から3月に開催される梅まつりには全国から多くの参拝者が訪れます。

「修羅の里めぐりコース」 でした。
気をつけてお帰りください。
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